教えのやさしい解説

大白法 935号
 
開三顕一(かいさんけんいち)とは
  開三顕一とは、読んで字の如く「三を開いて一を顕わす」ことであり、法華以前の声聞・縁覚・菩薩の三乗の教えを開き、一仏乗の真実の教えを顕わし出すことを言います。
 釈尊はインドに出現し、三十歳に菩提樹下で悟りを開いてより、華厳・阿含・方等・般若等の教えを四十二年にわたり説かれ、最後の八カ年に法華涅槃の教えを説かれましたが、最後の説法である法華経を説くに当たって、法華部の開経である無量義経に、
「種種に法を説くこと、方便力を以てす。四十余年には未だ真実を顕さず」(法華経一一〇n)
と説かれ、さらに法華経『方便品』には、
「世尊は法久しうして後 要ず当に真実を説きたもうべし」(同 九三n)
「唯一乗の法のみ有り 二無く亦三無し」(同 一一〇n)
等と仰せられて、法華以前の四十余年の爾前経における三乗の教えは方便の仮の教えであり、これから説く法華経の一仏乗の教えこそが真実の教えであると宣示されています。

釈尊の本懐

 なぜ法華経が真実の教えであるかと言いますと、法華経に初めて一切衆生の成仏の道が示されたからなのです。釈尊は『方便品』の中に自身の出世の本懐について、
「我本誓願を立てて 一切の衆をして 我が如く等しくして異ること無からしめんと欲しき 我が昔の所願の如き 今者已に満足しぬ」(同 一一一n)
と示されました。つまり釈尊は昔より一切衆生の成仏を願われてきましたが、現在この法華経を説くことによって、二乗をはじめとする一切衆生がおしなべて成仏できるのだから、自分の所願は既に満足したのだと仰せになったのです。
 そして、その願いは三世十方の諸仏の共通の願いでもあったのです。
『方便品』には、
「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」(同一〇一n)
と説かれています。つまり三世十方の諸仏はただ一つの重大な因縁・目的をもって、この世に出現したのであり、その唯一の重大な因縁・目的とは、一切衆生が持っている仏の知見(智慧)を開き示し悟らせ、その道に入らしめるため、つまり一切衆生を皆、真の成仏に導くためだったと説かれたのです。これを四仏知見(開・示・悟・入)と言います。

四一開会

 この四仏知見は、仏の智慧の一切を挙げて法華経に帰一させたのであり、一仏乗の法華経以外には別に仏の智慧はないことを明示されていますから、これを「理一開会」と言います。つまりすべてのものを一つの妙法の円理の中に開会したのです。なお開会とは、開顕会融・開顕会帰の略称のことで、方便の教えを開くことによって真実の教えを顕わすと共に、方便の教えを真実の教えの中に融合し会入し帰一することを言います。
 次に釈尊は、
「諸仏如来は但菩薩を教化したもう」(同一〇二n)
と説き、「人一開会」を示されました。これは、四十余年の方便の諸経においては、声聞・縁覚・菩薩というように人々を差別的に区別して教化しましたが、法華経においてはこのような差別を取り払って、一切衆生すべてを皆平等に法華円教の菩薩、つまり真の仏の子として一仏乗の教えに帰一させたのです。
 さらに釈尊は、
「諸の所作有るは常に一事の為なり。唯仏の知見を以て、衆生に示悟したまわんとなり」(同)
と「行一開会」を示されました。これは、仏知見を体得する直道には一仏乗の修行のみがあって、三乗等の方便の諸行がないことを言います。
 次に釈尊は、
「如来は但一仏乗を以ての故に、衆生の為に法を説きたもう。余乗の若しは二、若しは三有ること無し」(同一〇三n)
と説いて「教一開会」を示しました。これは、仏の教えは声聞・縁覚の二乗やこれに菩薩を加えた三乗等の教えでは本来なく、ただ一乗の妙法であることを示し、諸乗を法華経に開会したことを言うのです。
 このように理・人・行・教にわたって一乗に開会したことを「四一開会」というのです。

施開廃の三義

 中国の天台大師は、この開会を説明するために施開廃の三義を立てました。この施開廃の三義とは、為実施権・開権顕実・廃権立実のことを言います。
 為実施権とは実のために権を施すことで、実教である法華経を説くために、四十二年間権教の爾前諸経を説いて衆生の機根を調えられたのであり、あくまでも権教は実教のための方便であることを言います。

 次に開権顕実とは、権の教えを開いて真実の教えを顕わすことであり、廃権立実とは権を廃して実を立てるのであり、実教を説き明かした以上、もはや権教は廃亡してなくなり、実教のほかに立てる法がないことを言います。
 法華経と権の教えである爾前経との関係は、施開廃の三義をもって説明できます。また、すべての権の教えが真実の法華経に収まっていく姿は、あたかも幾多の河川が一つの大海に収まることに譬えられます。
 日蓮大聖人は『上野殿母尼御前御返事』に、
「たとへば大塔をくみ候には先づ材木より外に足代と申して多くの小木を集め、一丈二丈計りゆひあげ侯なり。かくゆひ上げて、材木を以て大塔をくみあげ候ひつれば、返って足代を切り捨て大塔は候なり。足代と申すは一切経なり、大塔と申すは法華経なり。仏一切経を説き給ひし事は法華経を説かせ給はんための足代なり。(中略)大塔をくまんがためには足代大切なれども、大塔をくみあげぬれば足代を切り落とすなり。正直捨方便と申す文の心是なり。足代より塔は出来して候へども、塔を捨てゝ足代ををがむ人なし」(御書一五〇九n)
と、大塔と足代の譬えをもって、法華経と一切経の関係について説明されています。
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 開三顕一は、法華経迹門の教説の中心で、爾前経に絶えて説かれなかった釈尊の随自意の説法であり、その説相には略開三顕一と広開三顕一があります。
 略開三顕一は、まさにただ仏と仏のみしか判らないもので、それは『方便品』の十如実相によって顕わされた理の一念三千の法門です。
 この法理は、続く広開三顕一の三周の説法(法説周・譬説周・因縁説周)によって明かされ、永不成仏とされた二乗の作仏へと実際に繋がるのです。その初めの中で説かれたのが、五仏同道における四仏知見であり、四一開会です。
 これにより上根の舎利弗が未来成仏の記別を受け、その後、譬説・因縁説によって中・下根の二乗の成仏が説き明かされるのです。
 しかしながら、この開三顕一・理の一念三千の法門もまだ迹門の分域であり、本門の事の一念三千の法門からすれば一重劣っています。大聖人は『開目抄』に、
「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり。しかりといえどもいまだ発迹顕本せざれば、まことの一念三千もあらわれず、二乗作仏も定まらず」(同 五三六n)
と仰せられているように、本門の教えが説かれて初めて一切衆生成仏の原理である一念三千の法門も確立するのであり、開三顕一の法門も生かされてくるのです。